三つのお願い

『 最終話:ランプの魔神ラムタムティア  』
 


  うひょー良い男っ!! 


 呼び出された途端、ランプの魔神ラムタムは喜びのあまり宮殿の天井を突き破りそうになった。
 雪花の膚に琥珀の瞳、若い鹿のように引き締まったその手足。
 彼女の新しいご主人さまはまさしく完璧な美貌の持ち主であった。
「魔神王ドムリアットの娘、麗しの煙姫ラムタムティアよ。私はカルダイン国の王、カマルザン。今、我が国民は北より来る蛮族どもに悩まされておる。願わくは、そなたの魔力を用いて輪が民の苦しみを取り除き……
 カマルザン王が願いを言い終える暇こそあらば、ラムタムは一陣の風となって姿を消す。
 再び現れた時、その手には血の滴る蛮族の将兵の首がブドウの房のごとくぶら下がっていた。
「はい、終わりました!」
「な、なんと素早い!」                
 え、俺らいつ死んだの?と言いたげな生首どもをまとめて部屋の隅に放り投げると、ラムタムは目を輝かせながら王の前にひざまずく。
「さあご主人さま、次のお願いをおっしゃってください!」
「あ、いや、余は蛮族退治のためにそなたを呼び出しただけだから、他の願いは特に考えておらんのだ……
「ああ、どうかそのようなことをおっしゃらないでください。何百年も下界に恋い焦がれていたのに、たった数分外出しただけでランプの牢獄の中に戻れというのはあまりに残酷ではありませんか! どうぞ私めを助けると思って、何なりと御用をお申し付けください!」
 胸元を見せつけるように顔を寄せるラムタムにカマルザンは頬を赤らめて目をそらす。
 その時、切りつけるような激しさで魔神と若い王の間に割り込んだものがいた。
「陛下、ご用心を! こ奴は悪さが過ぎてランプに封じられた魔神! 従順なふりを装っていても、内心何を企んでいるか分かったものではありませぬ!」
 王を守るようにラムタムの前に立ちはだかったのは浅黒い肌の若武者であった。
 長い髪は流れ落ちる黒い滝、その肉体は丈高く逞しく、涼やかな顔立ちは凛々しい剣の如し。
 なかなかの美形だが、今のラムタムにとっては王との恋路に水を差す邪魔者でしかない。
 魔法で馬にでも変えてやろうかこいつ、と思った瞬間、王が睨み会う二人を引き剥がした。
「ブッドゥール止さぬか! 彼女は蛮族の長を倒し、我が国を救った恩人だ! 無礼は許さぬ! すまぬ、ラムタムティア。このものは私の幼馴染で家臣なのだが、生真面目すぎて融通の効かぬ男なのだ。」
そして、少し思案した後に言った。
「魔神の姫よ。二つ目の願いを思いついた。今、私は王妃となるべき女性を探している途中なのだ。国中から候補を募っているが、誰を見ても心が動かぬ。そなたの魔力で私の伴侶に相応しい女人を探してくれぬか?」
「はい、ご主人さま! 喜んで!」
 思わず、すんばらし――っと叫びそうになった。
 これこそ、ラムタムが待ち望んでいた仕事であった。
 にやつく口元を隠しながら、魔神は再び熱風に姿を変えた。


 なるほど国王の言う通り、お妃探しはなかなか難儀な仕事だった。
 最初の一人を連れてきた時、王は「色が白過ぎる」と首を横に振った。
 二人めの時は、「もう少し背が高い方がいい」とため息をついた。
 三人めの時は、「髪はやはり黒に限る」と断った。
 努力は実る様子を見せなかったが、ラムタムは嬉々として仕事を進めた。
 ブッドゥールが見抜いたように彼女には企みがあったのだ。
 魔神には火や煙の如く望むままに姿を変える力がある。
 ラムタムはお妃探しが失敗する度に王の漏らす言葉に注意深く耳を傾け、気付かれないように少しずつ彼の好みに合わせて自分の姿を変えていたのである。
 こうなればカマルザン王が彼女と恋に落ちるのはもう時間の問題。
 首尾よく主人の心を掴んだ暁には、最後の願いで人間に変えてもらい、王妃として贅沢の限りを尽くしてくれる!
 腹の中で笑いながら、ラムタムはお妃探しを続けた。


 果たして十人めの美姫が砕けた心とため息を散らして宮殿を辞した後、王はついに言った。
「ご苦労であった。もう次の妃候補を探さなくてもよいぞ」
「諦めてはなりません、陛下。まだお妃探しを始めたばかりではありませんか」
 ラムタムはわざとしおらしい仕種を装って言った。
 王は首を振って、
「いや、諦めたわけではない。私はついに意中の相手を見つけたのだ。思えば私は愚かであった。遠くを見まわすばかりで、足元に咲く花の美しさに気付かなかったのだから」
「まあ、それは……
ほほを染めるラムタム、カマルザン王は彼女の手を取ると、
「ラムタムよ。そなたに大事な話を打ち明けなければならぬ」
「どうぞどうぞ」
「実は私が心から愛しているのは……ブッドゥールだったのだ!
「はい、光栄に存じます、ってええぇぇー!!
 驚いて青年の方を振り返る。
 この時、ラムタムは始めて変身を繰り返してきた自分の姿が性別の違う双子と言ってよいほどブッドゥールに似ていることに気づいた。
「ち、ちょ、ちょっと待って下さい殿下! まさか、ブッドゥールをお妃にする気ですか! 男のお妃になんて聞いたこともないし、こう言うのって相手の気持ちも大事なんじゃないんですかっ?」
 ラムタムの言葉に王は一瞬ためらう様子を見せたが、
「よくぞ言ってくださいました陛下! 実は私もずっと貴方の事をお慕い申し上げていたのです!」
 ここぞとばかり、ブッドゥールもラムタムを押しのけ告白した。
 カマルザン王は感極まって両腕を広げ、
「おお、ブッドゥールよ!」
 青年はその腕の中に飛び込み、
「ああ、陛下!」
 しかと抱きしめ合う二人の隣で、
うぞおおおぉ……
 悪だくみ破れた魔神がショックの余り、真っ白な煙になって崩れ落ちた。
 と、歓喜に満ちて青年の顔に陰が刺した。
「ときに陛下、お世継ぎはどう致しましょう? 男同士では子供は作れません」
 そーだ、そーだ、男同士なんて不毛よ!
 元気を取り戻し、ひそかに声援を送るラムタム。
 しかし、
「心配はいらぬぞ、我が愛よ。我らには強い味方がいるではないかっ!」
 王はその美貌を輝かせながら言った。
「ラムタム、最後の願いだ。そなたの魔力で私たちのいずれかを女に変えてくれ!

 ラムタムは暫く休みを貰うことを条件にカマルザン王の願いを叶えた。
 そして、ランプの中に戻って、百年泣き続けた。



 「……その後、王さまと幼馴染はお似合いの夫婦になっていつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし」
 ラムタムの昔話が終わった後、何とも言えないような空気が王女の部屋を支配した。
「め、めでたいのか、その話は……
 ためらいがちに話しかけたのはラムタムの同僚、無骨な男の魔神ルハーク。
 かつては、国王や兵士たちを動物に変えて王宮を混乱の中に突き落した経歴のある彼だが、その後諸悪の元凶である魔術師を倒した功績でラムタムと一緒に今は野良魔神から王女の守護神に昇格していた。
 ラムタムはやさぐれた顔でルハークを睨みつける。
「めでたしめでたし、で結ばないとやってらんないわよ、こんなバカなお話。姫さんに頼まれたから話したけどさ。今でも思い出すだけでランプの中に引きこもりたくなるのよ」
「い、いやさ。おまえ、子供の姫様に聞かせるにはちょっと過激すぎるんじゃないか、今のお話」
 二人の視線がいっせいに部屋の主である齢十歳の満月姫の方に向いた。
 それまで夢中でラムタムの話に耳を傾けていた姫は顔を赤らめながら、じっと手元を見つめていた。
 お気に入りの人形を力いっぱい抱きしめ、心なしかちょっと震えているようにも見えた。
 すわ、やっぱり子供には刺激が強すぎたか!
 ルハークが緊張に身を固くしたその瞬間、
「す、素晴らしいのじゃああ!」
 覗き込んでいたルハークたちのあごに頭をぶつけかねないような勢いで姫が顔をあげた。
「美しい少年と美しい青年の恋! 性別を超えた深い愛! 奇跡的に結ばれる二人! なんというた耽美! なんという感動! ああ、妾はこの想いをどう言い表していいのか分からないのじゃあ!」
 興奮極まってじっとしていられなくなったのか、姫は「うきゅー」とか「きゃー」とか言いながら、床に敷き詰められた豪華な絹のクッションの上を右に左に前に後ろに転げまわる。
 姫を狂乱させたその情動はやがて後の世の乙女たちによって「萌へえ」と言う名をつけられることになるのだが、それは呆然と立ち尽くす魔神たちには知りようもないことであった。 
 さて、姫様の様子を横目で見ながら、ルハークはそっとラムタムのそばに近寄り、耳元に囁いた。
「なあ、ラムタムティア。さっき気づいたんだが、お前が満月姫と親娘みたいにそっくりなのはひょっとして……
「しっ! 黙ってなさいよ、馬鹿。あんただってあの子に、実は貴方のひいひいお祖母さまはもと男でした、って言いたくないでしょ?」
 その偉大な曾曾祖母にならって、満月(ブッドゥール)と名付けられた姫を見ながら、ラムタムはふかぶかとため息をついた。



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 あとがきのやうなもの

 と言うわけで!
 掌編『三つのお願い』計五作がようやく終わりました。
 その他ある『EX=GENE』を書くためのリハビリと作者の趣味をかねた作品だったのですが、お楽しみいただけましたでしょうか?
 さて、以下はチラシの裏的なキャラ設定をつらつらと書いていきますので、お暇と興味のある方だけお付き合いください。

『煙姫ラムタムティア』
 今回の主人公的存在。その名前の元ネタはアラビア語の『楽しむ(アムタムティウ)』。
 もしTRPGな属性をつけるなら、『カオス&ニュートラル』的な性格の持ち主。
 自分の欲望に忠実なように見えてじつは意外に義理堅くて……けどやっぱり最後には自分の欲望に忠実な魔神(ひと)。
 ほかのキャラに例えるなら、性格が十代のドロンジョさまといったところでしょうか?(こんなこと書くとドロンジョさまに殺さそうですが)
 本編では生かしきれませんでしたが、魔神の王ドムリアットの娘で、なおかつ『千夜一夜物語』で有名なショタコン魔女神マイムーナ(アラビア語で素晴らしいという意味)の妹でもあります。
 本人も姉に輪をかけた美少年好き、マイムーナが美少年を誘拐して眺めているだけで満足いているのに対してラムタムは積極的に手を出す、出しまくる!
 ランプの中に閉じ込められたのも、もとはと言えばソロモン王のお稚児さんを食べちゃったせいですが、まったく反省の色はナッシング。
 彼女にとって美形だらけの王宮はとってまるで天国みたいなところで、念願の贅沢三昧の生活を過ごしているようです(もっとも、満月姫がしっかりしているおかげであまり無駄遣いはできませんが)

『豪胆ルハーク』
 『三つのお願い』に出てくるもう一人の魔神。名前の由来はアラビア語の『大理石(ルハーム)』。
 その名のごとく頭も顔もカクカクコチコチな武骨者。
 副主人公的な存在になるはずだったのですが、ラムタムのキャラが濃すぎたために 影の薄いヤツになっちゃいました。
 魔神の強さを表す四つの階級では、三番目に強い『中級魔神(ジン)』にあたる。
 ちなみにラムタムは二番目に強い『上級魔神(イフリータ)』・・・・・・ええ、そうです。
 見かけはガチムチなくせに実はこの男、ラムタムよりはるかに弱いんです!
 いろんな意味で 不遇な彼ですが、実はオリジナルの作品のプロットがありまして……まあ、作者の気がむいたり、読者の希望があればそのうち書きましょう。
 うん、そのうちね。

『満月姫』 
 アラビアの夜空にきらめく腐女子……ごほごほ、あ、いや美幼女の星。
 曾曾祖母さまと同じで、名前の由来はアラビア語の『満月(ブドゥル)』。
 幼くして茨の道を歩むことになったのは、やはり人の道を踏み外した先祖の呪いなのか……
 本人はわっかい美形な男の子が好きなのだが、なぜか周りにいる男はロリコン魔術師とかルハークとかむさくるしい野郎ばかり。
 幼いながらしっかりした聡明な性格で、将来の名君の片りんを見せている。
 ただ最近、変な趣味に目覚めてそちら方面の本を集め始めたことが臣下たちを悩ませているとか。
 なお、余談ですが、イスラム世界には美少年との愛を賛美した詩や芸術品がいっぱいあります。
 いや、マジで……宗教的な罪悪にもかかわらず、手を出さずにはいられないのは人の業ゆえか。
 千年の時を先取りするとは、おそろしやアラビア文学!!!

『カマルザン王』 
 BL主従その1。
 外見は受けに見えますが、タチです(謎)
 母親が白人奴隷であったため、見かけは白人とほとんどおんなじです。
 アラビアと言えば、褐色肌な人々を連想する人も多いでしょうが、エジプトを支配していた白人奴隷(マルムーク)のように肌の白い人々もたくさんいたそうです。
 改革者で有名なオスマン帝国の君主、マフムト2世の母親も白人奴隷で、真偽は定かではありませんが、なんと彼女の従姉妹がかのナポレオンの后妃ジョセフィーヌだったと言われております。

『騎士ブッドゥール』 
 BL主従その2。
 攻めっぽい外見をしてますが、ネコです(謎)
 それにしても、男の子に『満月』なんて名前を付けるのはどうか?と思われるかもしれませんが、実は彼のモデルはアラビアのオスカルさまともいうべき凄い女傑だったりします。
 気になる方は『千夜一夜物語』と『満月姫』で調べてみてください。
 今まで、勇敢な騎士だったのにある日突然女になったり、お妃になっちゃったり、波乱万丈どころでない人生を送っている人。
 間違いなく親には泣かれていますね。
 いきなり上官が女になって嘆くべきか、萌えるべきか悩んだ部下もいるでしょう。
 そういう風に想像するとちょっと楽しいやつなのかもしれない。
 なお、余談ですがお妃になった後も、彼女は戦士として王を守り続け、お腹の中に満月姫の曾お祖父ちゃんいれたまま敵将の首を取ったという裏設定があったりします。

 

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