三つのお願い
『 第三話:願望使い 』
げっぷをした瞬間、夕食に食べたとんかつ弁当の油が喉まで登ってきた。
思わず吐きそうになったが、精神力を振り絞って冷めた油を胃袋まで追い返した。
まずいコンビニの弁当もこれで三日目だ。
そろそろ他のものが食べたいけど、標的を見張っているこの場から離れるわけにはいかない。
見張ってると言っても、俺は絶賛張り込み中の刑事じゃない。
もちろん、片思いの相手を付け回しているストーカーでもない。
俺は『願望使い』、太古の昔から存在し続ける神秘の一族だ。
一日に一回、俺たちが願ったことは必ず現実になる。
神か悪魔か、誰が俺たちのお願いを叶えているのかは永遠の謎だ。
この能力を使って直接誰かを殺すことはできない。
世界に大きな影響を与えるような派手なこともできない。
心から願わないかぎり、願いは現実にならないし、願う力が強すぎると能力が暴発することもある。
それでも願望使いの力は絶大だ。
上手に使えば富も栄誉も思いのまま。
しかし、一つの街に二人の願望使いがいた場合はちょっと面倒臭いになる。
そう、ちょうど今の俺とあいつみたいに……。
おっと、俺のターゲットがようやくお出ましのようだ。
そいつは高級なスーツを着込み、眩しいばかりの美女を侍らせ、でっかいベンツに乗っていた。
絵に描いたような若きセレブの姿、つまり素人丸だしの馬鹿ってことだ。
二人の願望使いが同じ願いをすれば、優先されるのは後に願った方だ。
だから俺達は自分の願い事を優先してもらうためにいつも殺し合っている。
目立たないようにするのはサバイバルの基本中の基本。
俺は絶対にこんな場所で死にたくないっ!!
だが、あいつは今すぐに殺してほしいようだ。
だからその願いを叶えてやることにした。
奴が女と別れて中に入ろうとした瞬間、家を爆破した。
俺は読唇術を使って見た。
瓦礫の雪崩にのしかかれた時、奴が大口を開けて『助けてくれっ!』と叫ぶのを。
膨大な質量のコンクリートや鉄が物理的有り得ない軌道を描いて奴を避けた。
先に相手に願い事を無駄遣いさせるのは、願望使い同士の戦いでの常套手段だ。
一時の延命と引き換えに奴は24時間願望使いの力を失った。
俺は隠していた弾弓を取り出した。
弾弓はクロスボウに似た武器で、矢の代わりに礫を打ちだす。
俺はそれで奴の頭を狙って、引き金を引いて、撃ち殺した。
礫の弾丸は瓦礫の中にまぎれ、もう二度と見つからないだろう。
これでこの街の願望使いはまた俺一人になった。
意気揚々と引き返そうとした時、
『この手で撃つ弾が必ず当たりますように』
血が凍りそうになった。
逃げようとして足を撃たれた。
反撃しようとして手を撃たれた。
願いを言おうとした瞬間、絶対外れない弾丸に心臓を貫かれ、
銃を携えた女が物影から姿を現した。
先程まで、若きセレブに付き添っていた美女だ。
願望使いの戦いでは先に相手を見つけたものは圧倒的なアドバンテージを得ることができる。
目立つ馬鹿を囮に敵を誘い出すのは珍しいことではない。
相手が願い事を口にする前に倒すのも作戦の一つ。
頭を撃ってとどめを刺すのはもはや常識と言える。
だから、女が頭に銃口を当てたその時、
俺は地面に落ちていた弾弓を使って女の手から銃を殴り飛ばした。
手首を掴んで地面に引き倒し、首に腕を巻きつけて締め付ける。
頚椎の折れる音が響き、大きく痙攣した後、女の体はだらりと力を失った。
女の死体を突き飛ばして立ち上がる。
べっとりと手や服にこびりついた血を見た途端、また吐き気が込み上げてきた。
今度は遠慮なく、腹の中にたまった三食分のコンビニ弁当を床にぶちまけた。
少しすっきりした頭で、割れた窓ガラスに映った自分の姿を見た。
こんな重傷を負っているのに、なんで生きているのかさっぱりわからない。
一つだけ確かなのは、死体が二つも転がっている場所でこれ以上長居するわけにはいかないということだ。
俺は傷ついた体を鞭打って走りだした。
だが、部屋の敷居を超えた瞬間、赤い痛みが胸で爆発した。
胸の奥からこみ上げる血の臭いと味で、ようやく何が起きたのかを理解した。
ああ、そうか。
あの時、ここで死にたくないと強く思った時、俺の願いはすでに暴発していたんだ。
だから、
ここを、この部屋を、
出た時、
俺は……